50代の再婚日記ブログ

50歳で再婚しました。楽しいこと、めんどくさいこと、色々です。

息ができない 2

 

「あれは泣いたんじゃなくて、しんどさのあまり涙が出たんだよ、私が呼吸出来てないのが分かった?息ができてないのが見てて分かった?」

 

夫は「うん、分かった」と言ったけど、続けて自分もなった事があるけどそれを克服した、と言った。

 

息を止めたら治るのを知ってるからそうなった時に息を止めてみた、と。

 

そうしたら、おさまった、と。

 

それ以来なってない、と。

 

は?

 

手足や口の周りのしびれが酷くなるとそのうち手足の先が硬直して固くなってくる。この時がかなり痛い。身体中をひねって絞られている感じ。そして痙攣。酷い時には失神する。私はそのどちらも経験がある。

 

それを、「息を止めたら治った」「それからなってない」って、言われてもさ、、、そりゃ、痙攣しても失神しても時間が経てばおさまるよ、それが過換気だもの。私は、治し方や再発防止策を聞いてるんじゃない。

 

今回は痙攣も失神もしてないけど、窒息のような苦しさは十分すぎるくらい味わっている。私は、ただ泣いているんじゃなくて、苦しんでいた事を夫に知ってほしかっただけだ。

 

苦しんでいる時に「寝室で寝ておいでよ」って言われてカチンと来た。こんな状態なのに簡単に言わないで!その寝室に行く事が今出来ないんだよ!!そう言いたくても言葉も発せられない。呼吸すらままならない状態なんだから。

 

私だって好き好んでこんな症状になってない。勝手になってしまうんだから。自ら進んでなってるワケではない。

 

でも、それでも、夫は私が苦しんでいる時に駆けつけてくれたんだよね。カチンと来たけどあれは「自分はこれで良くなったよ」っていうアドバイスなんだよね。少しでも私が良くなるように言ってくれた言葉だ。

 

私は偏屈なのかも知れない。素直に受け取れない。曲がった物の見方をしているのかも知れない。

 

夫の娘さんに対してもそうだ。義姉も、、いや、義姉は、、もうどーでもいい。

 

夫のカチンと来る言動はあったけど、時間が経つと夫を大切にしようと思えてきた。後から冷静になって思い返す、っていう動作は大切だなと分かった。

 

 

仕事も、冷静さに欠けていたかも。私が。

 

仕事をしていると、ここまで、という大体の線引きがある。今日はここまでやろうとかのアレだ。具合が悪くなった日はとんでもなく忙しい日で、中々「ここまで」にたどり着けないでいた。

 

手を抜かず精一杯やった結果、ギリ「ここまで」に手が届きそうなところだった。そんな時に指摘を受けたのだ。これがやってないよ、と。これ、やらなきゃいけないんじゃないの?と。

 

それは、「ここまで」やった上でやる事だった。でもあの時はここまですらできてない状態。あと少し!な状態。こんなに必死にやってしかもまだできてない状態なのに、やってないよ、出来てないよと指摘され、それがメンタルに突き刺さったようだ。

 

体力を消耗して疲労度マックスなところにメンタルを殺られ、家に帰って爆発。過換気を発症、ってとこか。

 

 

 

今日は前から約束していた友人とランチをしてきた。県外の友人で会うのは数ヶ月振り。

 

友人も色んな事があるらしい。

 

沢山食べて、お喋りして、笑った。

 

前からの約束とはいえ、凄いタイミングだ。まるで気分を上げるため仕組まれてたみたい。

 

夫のお陰で愛情を感じ、友人のお陰で気持ちが晴れた。

 

娘からも何の事はないラインが送られてきたし、、、悲しい気持ちになっても寄り添ってくれているようで心強く感じた。

 

お陰で明日の仕事も頑張ってみようと思えている。