母の退院が決まりました。
肺がんのステージ4、末期です。
先生曰く、肺がんの中でとても稀な癌だそうで適合する薬を見つけるのに苦労したのだそう。
今は薬が効いて状態が落ち着いていますが、とても進行が早いそうです。いずれ今の薬も効かなくなるだろうと。
それまで好きなように暮らして欲しいです。
後悔しない生き方、ってどんなんでしょうね。
まさに「どう生きるか」ですね。
今まで孫にカーデガンやマフラーを編んでましたが、母に膝掛けを編み始めました。
これを使う日まで母は生きているかしらね。
私の娘が新たに行き始めた専門学校は2年です。母はそれを見届ける前に亡くなりそう。
そう、2年経てば学校を卒業して欲しい資格を手にして今度こそ娘は就職するはずです。
今の前に行ってた専門学校も2年でしたが、そこだと欲しい資格の1つ下しか取れず、でもそれは分かって入学してるのでそこは諦めて就職してくれるのかと思いきや、娘が見つけて来たのは就職先ではなく新たな専門学校だったんです。
ここも2年です。これでやっと1番欲しい資格が取れるのだそう。
なのであと2年です。
娘がその資格を取り働き出せば、娘に合わせる生活をしなくても済みます。娘の学校や孫の保育所の事を気にせず働けます。2年後なら孫は小学校に行く頃かな。
でもふと思うのです。
何も制限の無い自由気ままな生活、って本当に幸せを感じられるのだろうか?と。
自分の事に加え、娘や孫の手助け、ってのは、時には自分の時間が無くなりイライラする時もあります。体力がきれて疲労感満載な時もあります。何が言いたいかと言うと、しんどいのです。
不自由でしんどい。
けれど強烈に役に立ってる感はあります。
人は、自分のためではなく人のために動くと幸福感を得られると聞いたことがあります。
お金もそうで、自分に使うのではなく人に使うと幸せを感じやすいのだそう。
忙しくて「あー!疲れた!」って思う日は案外幸せなのかも知れません。
人のためにばかりだとこれまたストレスで死にそうになるので要はバランスですよね。
何もしないでいい日を私は常に欲してますが、そんな日が続くと幸せを感じにくくなるのかも知れませんね。
さて、今日は久しぶりの連休です。たった2日ですが、嬉しいもんは嬉しい。
今日は夫を家に置いて、私だけ出掛けます。
娘に孫の面倒を頼まれてるので泊まりで行ってきます。娘は1泊で遊び(?)に行くのだそう。
翌日は、私の孫と夫を連れて私の実家に行く予定です。母が退院したので様子見にと孫を見せに行きます。
それで私の連休はおしまい。翌日は仕事。
う~ん、、、これが幸せ?
全然キラキラしてませんが、私の幸せライフです。