50代の日記ブログ

何か起きても起きなくても楽しい毎日を。

子供がいて幸せか?

私には子供がいます。

シングルマザーとして娘を育てて来ました。

正直、「なぜ産んでしまったのだろう」と思う事の方が多かったです。

手伝いはしない、口を開けば文句ばかり。モラハラ夫ではなくモラハラ娘のようでした。

反抗期って、そんなもんですかね。

1人馬力の私の収入では限界があるので、そこも説明して節約の協力を仰ぎましたが、お金に対する愚痴も容赦なく飛んできてとても辛かった日々がありました。

娘がいる時は電気代は3倍、食費も3倍かかってました。

倍じゃなくて、3倍です。

何より、美容院、洋服、化粧品、これらに私のお金をじゃんじゃん使おうとするので、いつもいつも大喧嘩してました。

生活するのも精一杯なのに、、、お金を貯めないと希望する専門学校も行けないのに、、、

自分は使いたいだけ使って、お金が無いと私が言うと私を責めだす。

私は美容院なんて行けてないのに。我慢するのはいつも私。

一体、子供って何なのだろうか。いつもいつも私の足を引っ張る。

全然幸せじゃない。

子供がいて良かった、と思ったことがない。

子供さえいなければ、幸せな生活を送れるのに。

そう思ってました。


しかし、我が子はここに存在しているのが現実。
 
作ってしまった以上、私が育て上げなければならない。

その一心で、歯を食い縛って、我慢して、お金を貯めて、娘を希望する専門学校へ行かせました。

しかし、わずか数ヵ月で娘は専門学校を辞めてしまいます。

せっかく入った専門学校を辞めて彼氏の元へ行ってしまった時は、私は、「今後は責任は娘の彼氏になる」「これでもう娘の尻拭いはしなくてすむ!」「やった!ラッキー」と、思いました。

せっかく入れたのに!お金もパーになっちゃう!と思いましたが、これで私は楽になれる!!!という思いの方が強かったのです。

しかし、それから数ヵ月後、娘は未婚のまま妊娠して帰ってきました。

彼氏とは別れるそうな。


あぁ、、、自由な日々は終わった、、、、そう思いましたが、いや待てと。

これは私の人生であり、どんなふうに歩みたいかは私が決める事だと。

私はいつでも自由だし、娘が帰ってきても自由なままなはず。

なぜにこんな窮屈な思いを感じてしまうのか?


それはきっと、私の思い違いがあるのでしょう。

母親なのだから、と、我慢しながら暮らしてた。これが全ての元凶なのかな、と。

私はいつでも自由なはずです。

たとえ無職で未婚で妊娠中の娘が帰ってきても、私は自由なはず。

私は、私のしたいように暮らせばいいし、娘も私に我慢しろ!だなんて思ってないはず。


娘が彼氏の元へ行った時から私はここで一人暮らしをしていました。

たまに私の彼氏を連れてきたり泊まらせたりして、楽しい時を過ごしていました。

40代の終わりに知り合った同い年の彼氏です。

娘にその話をすると、それはお母さんの自由だからと、私の彼氏が泊まりに来る時は、私の実家であるおばあちゃんの家に行くからいいよ、と言ってくれました。

娘が帰ってきても、私は今まで通りの生活をしていいんです。

何も我慢する必要はないのです。

あとは、お金です。

私の稼ぎは私のもの!!!という執着が私にはあります。

娘にお金を使いたくないのです。

正確に言うと、これ以上使いたくない、です。

もう十分、娘には使いました。
 
辛くしんどい思いをしながら働いて稼いだお金を、どぶに捨ててきたような、そんな思いがあります。

実際それに近いのです。

納得できない事にお金をつぎ込まれた、そんな気持ちです。

買ったものは大切にしない、すぐ捨てる、使わない、そして次のを欲しがる、その繰り返し。

電気のつけっぱなし、買っても食べない食べ物、私はいつもイライラしてました。

冷房も暖房も、そこまする?!というくらい過剰に使い、それに合わせた格好は自分はしないというチグハグ。

寒いのなら、薄着1枚なのを止めて、何か上に着たら?

靴下を履くとかブランケットをかけるとかしたら?

そーゆー事は一切せず、部屋全体を暖めたり冷やしたり。

冷暖房を使わない日はありませんでした。一年中何かしらつけてました。

子供が家を出てから、やっとまともな電気代を支払った時のあの嬉しさよ。

使った分だけ支払える喜び。

今までは、余計な過剰な分にたくさんのお金を使っていました。

私は使いたくないのに。それでもお金を払うのは私。

またそーなるんじゃないかと、恐怖を感じてました。


娘が帰ってきてもうすぐ1ヶ月。

今のところ、過剰な感じはありません。

娘は、学校を辞めてしまった事を少し悔やんでいるようで、出産して生活が落ち着いたらお金を貯めて、いつかもう一度チャレンジしたい、と、言うようになりました。

私に迷惑をかけている、という思いも少しは持っているよう。


あとは、私です。

この子がいて良かったと思える人生にしたい。

娘を養う期間は、娘が出産して働きだすその時まで。

それまでは、懐も器も大きい私でありたいのですが、なかなかすぐにはなれないもんです。


娘はなぜ産まれたのか。

まだ私は、娘がいて良かったと心からは思えません。

しかし、あの頃より窮屈な思いはしなくなりました。

娘のいる人生を、楽しむか、悔やむか、それは私次第なのでしょう。

私は、楽しみたい。

やっと私の心にその余裕が生まれました。